X(X JAPAN)のインディーズ時代の経歴や伝説エピソード&激レアレコード紹介

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今回はX(X JAPAN)のインディーズ時代について語っていきたいと思います。

Xの前身バンドのDYNAMITEを結成~Xのインディーズ時代の経歴

Xは元々幼馴染であるYOSHIKIさんとToshlさんがアメリカのハードロックバンドのKISSで意気投合し、YOSHIKIさんとToshlさんと同級生2人の計4人でバンド「DYNAMITE」を結成。

当時はドラムとボーカルがYOSHIKIさん、Toshlさんがギターでした。

中学校に進学後には同級生を新たにボーカルに迎えて「NOISE」を結成。

レッド・ツェッペリンやUFO、レインボーなどのコピー曲を中心に演奏をしていましたが、YOSHIKIさん曰くボーカルが別の中学に編入したため、代わりにToshlさんが歌ってみたところ前のボーカルが出せない高いキーが出てとても上手だったためギターだったToshlさんがボーカルに転向しました。

そんなNOIZEでしたが、進学の問題で他メンバーが脱退。他校のメンバーを加えて1982年に YOSHIKIさんとToshlさんが中心になり「X」を結成。


X結成後はしばらくメンバーチェンジを次から次へと繰り返しました。元メンバーは50人くらいいるそうで、その数から元メンバーの名前は全員憶えていないんだそうです。
(参照:ニッポン放送NEWSONLINE

またXに入って金髪になって脱退するメンバーが多かったことから「金髪製造工場」と呼ばれていました。

YOSHIKIさんの熱心な誘いを受け1985年にベースのTAIJIさんが加入。

1986年にXのリーダーであるYOSHIKIさんは自身のインディーズレーベル「エクスタシーレコード」を設立。
YOSHIKIさんによるレーベルの趣旨はたてまえだらけのメジャー業界を本音でぶっ壊しましょう

「エクスタシーレコード」にはXを筆頭にLUNA SEA、GLAY、LADIESROOMといったバンドも所属し、後にメジャーデビューしたことからヴィジュアル系バンドのメジャーへの登龍門的存在となりました。

1987年にギターパートのヘルパーだったPATAさんが正式加入。


そしてHIDEさん主宰のバンド「横須賀サーベルタイガー」を解散後、美容師の道を考えバンドの勧誘を断り続けていたHIDEさんがYOSHIKIさんの熱烈な猛勧誘により1987年に加入し、1992年までこの5人で活動していきます。

エクスタシーレコード設立後は色々な事が山積みになっている中で商品の梱包作業等も最初は自分達でやっていたそうですが、ある日YOSHIKIさんは「俺、一体何やってんだ?」と気付き「もうやめにしようよ、こういうことするの」という事でソニーと契約し1989年メジャーデビューに至りました。

インディーズ時代のXのエピソード – 当時はタブー!バンドがバラエティ番組に出演

いくら良い曲を作っていても聴いてもらえなければ意味がない」「知名度が必要」という理由でバラエティー番組に出演しまくります。

当時は音楽番組以外のバラエティに出演するバンドはタブー視されていたため、業界関係者や他のバンドから「ヘヴィメタルをお笑いネタにされた」として厄介者のレッテルを貼られていましたが、バラエティ番組出演をきっかけに知名度が全国区へと広まりました。

1987年、4月にHIDEさんが加入してすぐ参加した初仕事が、「やしろ食堂ライブ」です。

今では考えられませんが当時は騎馬戦やチーム対抗100m競走などにも参加していました。

また、髪型もそうですがYOSHIKIさんを始めとした、当時の尖ったメンバー(YOSHIKIさんもツッパっていますが品を隠しきれてないところがまた良い)を見る事ができます。

 

過激すぎるパフォーマンスで関東三大粗大ゴミバンドと呼ばれてしまう

当時のXはかなり過激でメンバーが暴れたり、火を吹いたり、シンバルにガソリンを注いで燃やしたり、チェーンソーで切ってみたり、網を落としてお客さんをなぜか捕まえようとしたりする等の過激すぎるライブパフォーマンスでライブハウスから出入り禁止となりました。

また打ち上げでも喧嘩が絶えず居酒屋会のブラックリスト入りして出禁になった飲み屋は数知れず、その大暴れっぷりから横須賀サーベルタイガー、Dementiaと共に「関東三大粗大ゴミバンド」と当時は評価をされてしまいましたが、後に世界を股に掛けて活躍するバンドになるというのがまた本当にかっこ良いんです。

 

Xの1枚目のアルバム「Vanishing Vision」レコード紹介

「Vanishing Vision」は1988年4月14日にエクスタシーレコードよりリリースされました。当初はLP(EXL-001)で発売されていましたが、後にCD(EXC-001)化もされました。

当時のインディーズレーベルながら記録的な初動1万枚以上を売り上げ、インディーズ・レーベルでありながらメジャー・チャートにランクインを果たすという日本史上初のアルバムとなり最終的な累計売上は100万枚を超えました

また、女性が背後からナイフで胸に「X」の文字の大きな傷を付けられ両腕を有刺鉄線で縛られるのが印象的なジャケットですが、メンバーがアルバム収録曲の「SADISTIC DESIRE」の歌詞をモチーフに原案を出し、画家の西口司郎さんにより描かれました。

激レア!5000枚限定のピクチャーレーベル盤

5000枚限定のピクチャーレーベル盤(LP)も発売されました。

ピクチャーレーベル盤には「Stab Me In The Back」の1988年の京都スポーツバレーでのライブ音源が収録されたソノシートが付属しています。(後に「PERFECT BEST」に収録)

5000枚限定という事もあり現在では非常に入手困難なレアアイテムとなっています。

今回はX(X JAPAN)について語らせて頂きました!

最後までお読み頂き有難うございました。

最後に…

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